コンタクトレンズ発祥実用化の地名古屋
コンタクトレンズが日本で始めて作られたのは、名古屋なんですよ。1949年、名古屋大学の水谷豊博士が初めてコンタクトレンズ作りに着手したんです。
当時、名古屋大学の眼科で診察をしていた水谷豊博士のもとに、目の悪い高校生が受診したのがきっかけでした。
その高校生は円錐角膜で眼鏡での視力矯正ができなかったことから、眼科全書にあったガラス製のコンタクトレンズの報告を思い出して、コンタクトレンズを作り始めたんです。このコンタクトレンズ作りが成功し、本格的にコンタクトレンズを生産する会社を立ち上げたんです。この会社が今の”ニチコン”の全身なんです。
コンタクトレンズが初めて実用化されたのも、名古屋なんですよ。1950年、名古屋の眼鏡店に勤務していた田中恭一氏が、アメリカの将校夫人からコンタクトレンズの話を聞いたことから、コンタクトレンズを作ってみようとしたんです。
その将校夫人が、大変高価なものという理油からコンタクトレンズを見せてくれなかったので、自分で作ろうとしたんです。
自分の目で実験を重ねて、将校夫人から話を聞いた3ヵ月後に、コンタクトレンズの実用化に成功したんです。この田中恭一氏は”メニコン”の創始者になんです。